列車内部の空気は張り詰めていた。
中の乗客たちは、突如列車を支配したその者たちの姿に、恐れおののいていた。
マスカレイド。
魔法富国エトラより生まれたカルト教団だ。
黒いローブに身を包み、構成員たちのその顔は、
ここで写真 マスカレイド
奇妙な統一マスクによってその全容は秘匿されている。
「おまえ、こちらへ来い」
仮面から漏れる変声が、乗客の中から一人の少女を指差した。
制服姿のその少女は、不安げな表情を浮かべながらも立ち上がった。
他の乗客たちは自分が差されなかった事に、安堵の表情を浮かべている。
マスカレイドのその構成員が、立ち上がったその少女に近づいていくと、ローブ下から出した手で、その顎先を掴んだ。
「ひっ・・!」
ごつごつとした男の手が、なめらかな少女の肌を這う。
「ん〜、悪くない・・」
メス区変声はそういうと、顎先を掴んでいた手をばっと展開し、少女の喉首を掴んだ。
かはっ!?
いきなり首を掴まれた少女は、反射的に抵抗を試みようとするも、首を掴まれたその瞬間から、いきなり全身の力がすとんと落ちるような感覚に陥った。
少女の白い首筋には赤黒い血管が浮かび上がり、それを掴む仮面男の手には、
怪しげな魔紋章が浮かび上がっていた。
「うぐっ・・!ぐうっ゛っ゛!!」
掴まれた少女は、苦しそうな声をあげ続ける。
すると、その様子を見ていた乗客の子どもが泣き始めた。
「ひっく、ひっくっ!」
すると、少女を掴む男と同じく乗っていた、もう一人のM構成員(マスカレイダー)がそれをとがめた。
「おいガキッ、もしびぃびい喚いたらオマエもああなっちまうぞ!」
奇妙な仮面越しに聞こえてきたその慟哭に、その子どもは泣き出しそうになるが、傍らにいた母親がその口を抑えると、そのまま自分の胸元に我が子を抱き寄せた。
「すみませんっ!静かにしますからっ‥!どうか許してくださいっ…!」
その怯えた母親の様子を見たそのM構成員(マスカレイダ―)は、
まるでその様子を愉しんでいるかのようにして、
「くっ、くっ、くっ」
と笑い出した。
そして母親の顔にその仮面を近づけると言った。
「んーどうかなあ~。それじゃあ選ばせてあげるよ。
その子が死ぬか、自分が死ぬか」
そう言うとマスカレイダーは、ローブ下に装備していたナイフを外に取り出した。
その鋭利な輝きを見た母親の表情に、絶望の色が浮かぶ。
「いまから10秒数えるから、そのうちに決めてよ。
決められなかったら、二人とも殺す。いい?」
そう言うとマスカレイダーは、ナイフを自分の頭上に掲げ、
いつでも振り下ろせる態勢で、 カウントダウンを始めた。
「・・・・い~ち~・・・にぃ~っ‥‥」
「さ~ん・・・しぃ~・・・!」
母親は周囲に助けを求めるように視線を送るが、他の乗客は誰一人として
視線を合わせなかった。
「そんなっ…!待ってください・・・!お願い何でもしますからっ!」
狼狽える母親の声、首を掴まれる少女の呻き、電車の滑走音だけが、
その絶望(せいじゃく)の中に響いていた。
「ごぉ~・・・ろく・・・・しーち・・・」
母親はついに何かを胸に決めたのか、
マスカレイダーに背中を向けると、そのまま 胸に抱いた我が子を守ろうとするかのように、その小さな体をぎゅうと強く抱きしめて、そのまま甲羅に引っ込む亀のように、体を丸めた。
「はーち・・・きゅう・・・・・・・・!」
残酷なカウントは進み、次第にマスカレイダーの声色にも、興奮の色が乗せられていく。
そして、「じゅうーー!!」
断頭台の刃が落ちるかのように、マスカレイダーの刃が母親の
柔い背中目がけて振り下ろされた。
その様子を見ていた乗客の何人かも、その瞬間から目を逸らす。
だが――――。
‥‥‥っ!!
誰もが予想した悲惨は、あと接触数センチのところで制止していた。
振り下ろされたナイフの刃けっ先は、母親の背中に刺さることは無く、
マスカレイダーの身体は、まるで時間が凍結したかのように、振り下ろしの態勢のまま静止していた。
体が動かない―――。マスカレイダ―は己の身体に起きている異常事態に
困惑していたが、唯一動かせた自分の眼球を、自分の足下に向けた。
自分の足下に落ちている自分の影が、不自然に伸びていた。
な・・・何だ・・・!?
男はその不自然な影の延長線を目でたどっていった。
その影は、席に静かに座る青年の足下へと続いていたのだった。